まつりょうの雑記

個人的に気になったことや趣味について綴ります

誰でも父親が嫌いな時ってあるよね

 

私はハッキリ言って父親が嫌いだ。

 

もちろん、全てが嫌いな訳ではない。小さい頃は海に山に森に、色々なフィールドに連れて行ってもらったりと、いろんな経験をして今の自分がいるし、父親がいなければ自分は存在していない。

良い側面も知っているからこそ、余計に嫌いになるのかもしれない。そして、絶対に父親のようにはなりたくない。

 

もう、子供と呼べる年齢じゃないので息子の立場から父親の嫌いな点のみを挙げていく。

 

・威圧的である

 

息子側からすると常に上から目線なので親子間だとしても深い溝が。小さい頃は力の差が大きいので、間違ったことをしたり、しなかっても理不尽に暴力を受けましたが、私ももう子供ではないので、徹底的に対抗します。これが父親側からみると、いう事を聞かないというものなのか。

 

・頑固である

 

自分の非を認めないのは困ったものです。素直に認めて欲しい。昔は「男に二言はない」が美徳だったのだが、それを現代に持ってくるのはどうなのかと個人的に思う。言葉と同じで時代に合わせた文化や思想にチェンジしていくものなのでは?

 

・内弁慶である

外では何の変哲もないが、家では怒鳴り散らす。この件とは関係ないが、最近は、私が一人暮らしを始めてから、父親もなぜか私に対抗して料理を作るようになり、それを父方の実家で自分は料理ができるということを自慢しています。

 

完結にいうと、15分で作れる料理を夜12時から深夜3時までかけて作ってことを(費やした時間も伝えず)

料理が作れたと自分の母親(私からの関係は祖母)に自慢する。

 

電気や水、ガス、そして時間が大量に消費される。料理は時短でしょうが!!!!

 

書き綴ると長くなるので、言動とそれに対しての考察などを少し

 

・(上記の料理の話より)マザコン?である

→マザコンというより、自分を認めて欲しい?

 

・息子に対抗しようとする

→これも上記と同じ承認欲か

 

・自分の非を認めないため、家族から少し距離を取られて被害者面する

→結果、一人寂しくなる。相手のせいにする。これも承認欲でしょう。

 

・求めていないのに自分語り

→たぶん、承認欲からでしょうね

 

・非を認めたとしても謝ってくるが、何が悪いことなのかを理解していない

→謝罪というものは単に謝ればよいと思っている。私が 小さい頃同じようなことをしたら殴ったくせに。

 

・謝罪は誠意よりも物

→謝罪の品を渡した=謝罪できたと勘違いしている痛い系。勘違い乙

 

・なにかイラっとすると物にあたる

→(おそらく会社で)精神的な余裕がないというのもこの行動を引き起こす要因の1つなのだろう。だが、蹴りで壊したテレビ台のガラス扉を放置するのは基地外。せめて片付けろ。

 

(挙げるともっとあるが)以上の理由から私や母親からのけものにされる父親

最近は父親ではなく、少し賢いゴリラと思うと気持ちが少し楽になりました。母親も父親がいないところでゴリラとかゴリさんと使っているので、まぁ、いいか。

 

父親側からすると、家庭で父親一人vs母親と息子は辛いでしょうね。原因を作ったのは自身なのに。そもそも、私と母親はO型だからなのか、グループを作って活動する時、言うことを聞かない人をのけもの*1にするという共通点があります。(私も母親とケンカした時にのけものにされました)

単に母親と私だけなのか、O型の人はこういう風なのかは知りませんが、

 

*1:のけものー除け者 仲間はずれ。用法「ーからのけものにされる」野獣=のけもの ではないので、どうぞ

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